本祭りNO.1
沐浴
拝礼(祭典)
午前零時半、参籠者全員が紋付羽織の正装となり、拝殿に登って祭典を行う。
矢内家当主も同行する。役者は弓矢を持つ。
祭典は、次の順序で執り行われる。
このあと、当番区長と役者は宮司からお札を受けて、祭典は終了する。
矢内家当主も同行する。役者は弓矢を持つ。
祭典は、次の順序で執り行われる。
- 祓詞
- 修祓(しゅうばつ)
- 祝詞(のりと)奏上 宮司
- 玉串奉奠(ほうてん)
- 直会(なおらい)
このあと、当番区長と役者は宮司からお札を受けて、祭典は終了する。
水取り
「馬脚清掃」「馬の足洗い」ともいっている。
当番区総代は紋付羽織、役者も流鏑馬の装束となって馬に乗り、口取りが引いて、大平川の神橋から200メートルほど下流の腹切堂跡の裏に行き、同川で馬を
清める。これは馬の潔斎で、笠懸、流鏑馬とも危険を伴うため、厳重な潔斎をして、すべての穢(けが)れを払うのである。
帰途、「神杉」といっている一本杉のところに来て、杉の元に馬を三度進め、役者は弓を捧げて拝礼する。当番区総代は手を合わせて同様に三度拝礼する。
このあと籠もり堂に戻って朝食をとる。上席には当番区総代と役者が交互に坐る。現在、食事は三区が一緒に準備しているが、かつては区毎に調理した。
当番区総代は紋付羽織、役者も流鏑馬の装束となって馬に乗り、口取りが引いて、大平川の神橋から200メートルほど下流の腹切堂跡の裏に行き、同川で馬を
清める。これは馬の潔斎で、笠懸、流鏑馬とも危険を伴うため、厳重な潔斎をして、すべての穢(けが)れを払うのである。
帰途、「神杉」といっている一本杉のところに来て、杉の元に馬を三度進め、役者は弓を捧げて拝礼する。当番区総代は手を合わせて同様に三度拝礼する。
このあと籠もり堂に戻って朝食をとる。上席には当番区総代と役者が交互に坐る。現在、食事は三区が一緒に準備しているが、かつては区毎に調理した。
馬場ならし
祭典行列準備
午前8時、社殿の太鼓を合図に、神社と当番区の関係者は、行列の準備にとりかかり、竹貫上町の七平旅館で服装を整え、照天橋に集合する。
祭典行列出発
午前九時半、太鼓と花火を合図に行列は竹貫を出発する。
なお、出発場所は横川の公会堂前、短期間ながら竹貫山田屋前であったことがあり、出発時問も午前9時、午前10時半と変更があって、昭和50(1975~1984)年代から現行の時間となった。
列順は、年によって多少の相違がある。平成になっての行列の概略は次のようである。
なお、昭和34(1959)年に当教育委員会が刊行した「古殿八幡神社笠懸流鏑馬の資料」によると、当時は次のようであった。
乗馬の場合は、いずれも口取りが2名ずつ付く。
一行は紅葉も色鮮やかな鎌倉見岳を背に、刈り入れもほぼ終わった田圃をぬって神社を目指す。やがて大平川の神橋にかかり、これより参道を真っ直ぐ神社に進 む。まず、参道途中の鳥居(通称赤鳥居)をくぐり、境内に入って鳥居(通称大鳥居)、随身門と通り、石段前で下馬する。神旗などは、境内に立て並べる。
なお、行列は江戸時代に大善院(別当館)から社殿まで行ったが以後中断し、昭和30(1955)年ころから再興したもので、それまでは宮司宅前に旗や幟、槍などを立てておき、その朝に氏子総代などが社殿に移し立てた
なお、出発場所は横川の公会堂前、短期間ながら竹貫山田屋前であったことがあり、出発時問も午前9時、午前10時半と変更があって、昭和50(1975~1984)年代から現行の時間となった。
列順は、年によって多少の相違がある。平成になっての行列の概略は次のようである。
- 先導指揮(古殿町消防団第八分団長、車)
- 先導総指揮(古殿町消防団長、乗馬)
- 警備総指揮(石川警察署長、乗馬)
- 奉納民俗芸能(論田獅子舞保存会または八ヶ久保・薄木獅子舞保存会)
- 猿田彦
- 神旗二本(2名)
- 大榊二基(4名)
- 供進使(町長、乗馬)
- 供進使随員(町助役、乗馬)
- 氏子総代一同(陣羽織、陣笠着用)
- 唐櫃(2名)
- 弓(2名)
- 太鼓(2名)、囃子(笛)(下山上区有志)
- 祭旗 二本(2名)
- 神旗末広一本(1名)
- 巫女(3名)
- 宮司(乗馬)
- 宮司随員(乗馬)
- 神旗鳥居1本(1名)
- 神旗五輪1本(1名)
- 神旗五色(5名)
- 供奉総代会長(乗馬)
- 供奉 神社総代(7名、裃(かみしも)、小刀、笠富士一文字、白足袋、草履ばき)
- 稚児行列当番区奉賛(多数、世話係当番区副区長・保護者)
- 赤白神旗(2名、乗馬)
- 当番区氏子総代(1名、乗馬)
- 役者(1名、乗馬) 副役者(1名)
- 当番区神社総代(1名、乗馬)
- 当番区氏子総代(1名、乗馬)
- 役者(1名、乗馬) 副役者(1名)
- 当番区神社総代(1名、乗馬)
- 当番区氏子総代(1名、乗馬)
- 役者(1名、乗馬) 副役者(1名)
- 当番区神社総代(1名、乗馬)
- 供奉氏子総代(7名、裃、小刀、笠富士一文字、白足袋、草履ばき。近年は陣笠、陣羽織)
- 供奉(財産管理委員)
- 列後見番(神社総代、車)
- 救護係(消防団員、車)
- 信者等一般参列者
なお、昭和34(1959)年に当教育委員会が刊行した「古殿八幡神社笠懸流鏑馬の資料」によると、当時は次のようであった。
- 先遣警護(警察官・消防団長・各分団長)
- 獅子舞一行(論田と八ヶ久保・薄木が交代)
- 先払(神官1名)
- 猿田彦
- 神旗(正八幡・若宮八幡、当番区2名)
- 大榊2基(当番区4名)
- 供進使(町長、乗馬)
- 供進使随員(町助役、乗馬)
- 唐櫃(当番区)
- 古代弓 2張(当番区2名)
- 笛太鼓(地元若衆7名)
- 祭旗2本(当番区2名)
- 神宝(末広1本、1名)
- 神官(宮司竹貫氏、乗馬)
- 神官(乗馬)
- 神旗(鳥居1本、当番区1名)
- 神旗(卒塔婆1本、当番区1名)
- 神官(神職、乗馬)
- 神官(神職、乗馬)
- 神官(神職、乗馬)
- 常任総代(4名、乗馬)
- 赤白祭旗(2本、当番区2名)
- 当番総代(1名、乗馬。裃、小刀着用)
- 役者(当番区より1名、乗馬)
- 副役者(役者添馬、当番区より1名)
- 当番総代(1名、乗馬。裃、小刀着用)
- 役者(当番区より1名、乗馬)
- 副役者(役者添馬、当番区より1名)
- 当番総代(1名、乗馬。裃、小刀着用)
- 役者(当番区より1名、乗馬)
- 副役者(役者添馬、当番区より1名)
- 当番外総代(7名、乗馬)
- 殿警護(町内消防団)
- 一般参列者
乗馬の場合は、いずれも口取りが2名ずつ付く。
一行は紅葉も色鮮やかな鎌倉見岳を背に、刈り入れもほぼ終わった田圃をぬって神社を目指す。やがて大平川の神橋にかかり、これより参道を真っ直ぐ神社に進 む。まず、参道途中の鳥居(通称赤鳥居)をくぐり、境内に入って鳥居(通称大鳥居)、随身門と通り、石段前で下馬する。神旗などは、境内に立て並べる。
なお、行列は江戸時代に大善院(別当館)から社殿まで行ったが以後中断し、昭和30(1955)年ころから再興したもので、それまでは宮司宅前に旗や幟、槍などを立てておき、その朝に氏子総代などが社殿に移し立てた