平安時代・鎌倉時代

政治・経済 時代 西暦 社会・文化 備考
石川氏は前九年の役に源頼義に従って河内より陸奥に下る。頼遠討死。
功により、子有光に石川庄を与える。
平安時代 1052
(永承7)
   
      平清盛
(1156保元の乱、159平平治の乱)
石川基光は三男季康に竹貫の邑を譲与した。 1112
(天永2)
この頃、古殿八幡神社が建立されたと伝えられる。(康平7年)社伝による 1160
白水阿弥陀堂建立
玉川村岩法寺、五輪塔建立。石川家三代基光。(国重要文化財) 1181
(治承5)
  1175
法然が浄土宗を開く
竹貫城(駒ヶ城)に竹貫源四郎が居住した。(幽墨斎随筆に記載、矢槻大善院主) 1185
(文治1)
この頃(建久年間)から
笠懸・流鏑馬が始められたと伝えられる
1191
臨済宗建派、栄西
源頼朝奥州藤原氏を攻落。
功により石川氏石川庄を安堵。
1189
(同 5)
   
親鸞の孫如信は本願寺を覚如に譲り、大綱の地を奥の御坊と定め布教す。
但し開山は不明(大綱山 願入寺)
鎌倉時代 1287
(弘安10)
武士の生活は質素であり、武芸が重視されて、日頃から犬追物(いぬおうもの)・笠懸(かさがけ)・流鏑馬(やぶさめ)や巻狩(まきがり)など、馬上の弓術を修練した。笠懸や犬追物は流鏑馬とともに騎射三物(きしゃみつもの)といわれ盛んであった。 1192
源頼朝、征夷大将軍に任命される。
封建制度確立。
守護・地頭
      1203
北条氏の執権政治
如信上人は願入寺より上洛の道を大子-馬頭を経由していたが、病気のため法隆寺にて入寂。66歳 1300
(正安2)
   
願入寺八世如慶代に、国中の乱に堂宇焼失。
為に常州に赴く。
(現在茨城県大洗町大網山願入寺)竹貫在は約200年という。
(年不詳)   1227
曹洞宗建派、道元 
  1302
(正安4)
板碑(釈迦如来)
田口西光寺
元寇来襲。農業技術進歩(畜力利用、二毛作始まる)
  1304
(嘉元2)
板碑(胎蔵大日如来)鎌田松岩山 日蓮、法華宗を開く
  1313
(正和2)
田口山西光寺開山  
  1319
(文保3)
板碑(金剛界大日如来)西光寺  
  1319
(元応1)
市神碑建立、上松川 荷市場  
  1321
(元享1)
板碑(阿弥陀如来)田口西光寺  
北条高時、父貞時の一三回忌法要時、石川氏はお布施役(受付)を務める。
また、この法要に石川一族の大寺川尻・須釜・竹貫(竹貫弥五郎)・沢井・牧・大島等は各自馬一頭を献上。
(鎌倉円覚寺文書)
1323
(元享3)
  1324
建武中興

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